food creation

Works

Share :

山梨県立美術館
諏訪綾子 TALISMAN inthe woods 内臓であじわう循環のテイスト

8 Octber - 30 Octber 2022
Venue : Yamanashi Prefectural Museum of Art
Organizer : Yamanashi Prefectural Museum of Art
Management : Shinya Furui _point of view co.,ltd.
Photo : Kae Ikeya Kenji Onose  © Yamanashi Prefectural Museum of Art

コロナ禍を機に山梨県の水源の森のアトリエで生まれた「タリスマン」を軸に
都市と水源地を循環する贈与経済への問いを展開した複合アートプロジェクト

「山梨アートプロジェクト」2022年度は、山梨県道志村にアトリエを持つアーティストとして諏訪綾子が選出 招聘された。
これは山梨という地域への新たな解釈をアーティストが地域住民とともに作品制作を通して行い、
美術館と地域の繋がりを創出することを目的とした山梨県立美術館が主催するプロジェクトである。

展覧会の主軸となった「タリスマン」とはコロナ禍による緊急事態宣言が発令された2020年春に、
諏訪がアトリエで制作をはじめた「森の間伐材の枝葉を束ねてリボンを掛けたギフト」のこと。

健全な森林環境の手入れのために間伐された針葉樹の枝葉は、林業としては利用価値が低く伐採されても大半は捨てられてしまう。
森の中で捨てられた、鮮やかな枝葉を見た諏訪は「東京でステイホーム中の友人たちへ、少しでも森の気を届けたい」と感じて、
その新鮮な枝葉を束ねては、ギフトとして宅配便で贈りはじめた。

やがて受け取った先々の家庭に飾られた美しい緑の枝葉は、その家で特別な存在となっていく。
つまり、森ではゴミ同然として扱われていた枝葉が、コロナ禍の都市では豊かな自然への憧憬のシンボルとなり、大きな価値変換が起きた。

都市の友人たちは、そのギフトの返礼に都市で購入したお菓子やお酒などの品を諏訪に贈りはじめる。
その返礼品は、諏訪から森の人々へ「おすそ分け」として手渡されて循環していった。
都市の人たち>アーティスト>水源地の人たち _この三者をめぐる「価値の交換」贈与経済のトライアングルが巡り始めたのだ。

また、茶色に変色した枝葉を「森に還す」ために、その枝葉が招待状のような役割となり都市から森へ人の移動も発生した。

こうした都市と水源地の贈与と交換、いくつかの循環に象徴される意図を読み取った諏訪は、
その枝葉のギフトをフランス語や英語で「お守り」や「魔除け」を意味する「タリスマン」と名付け、
この活動が東京や甲府のような都市と、道志村のような水源地の森に、様々な展開を見せていくことになった。
なお、タリスマン(talisman)」の語源となっている古代ギリシャ語「τέλεσμ α」には「支払い」という経済行為の意味も含まれるとされている。

2021年に山梨県立美術館から「山梨アートプロジェクト」の来年度アーティストとして招聘されたことを契機に、
諏訪はこのタリスマンから始まった問いかけを巡るコンテクストを探求していく。

そして、だれもが毎日飲んだり食べたりしている「水」を媒介に、山梨県の都市と森 ( 水道を使う都市と、その水を供給している水源地)という
二つの地域の関係性を問い直し、現代における贈与経済の意義をも想起させる体験を創出する。

山梨県立美術館で諏訪は、山梨県立美術館での【展覧会】【パフォーマンス】【マーケット】
_という異なる三つの手法を用いて、都市と水源の森の間に存在はしているが、見えずらい循環を示していく。

「水の循環」「人の循環」「価値の循環」

顕在化されたこれらの多次元的な循環の輪の【交差点】にタリスマンの授受や変換を行う「リチュアル=儀式」と呼ぶパフォーマンスを設置して開催した。

また『フォレスターズ・マーケット』として企画した「水源の森からマルシェ」は、2022年10月での山梨県立美術館での初開催後、
翌年3月には道志村「道の駅どうし」で、都市と水源地を交互に開催する形式で行われ、
続く10月には「TOKYO BIENNALE 2023」(会場 JR東京駅グランルーフ)の公式プログラムとして第3回目を開催。
地域をも巻き込んで、水源地と都市を巡回して、継続的に水源地の生産者とともに発展していくイベントへと成長している。

こうしてコロナ禍による気づきから始まった山梨アートプロジェクト「TALISMAN inthe woods 内臓であじわう循環のテイスト」は、
アートの観賞体験としてではなく、買い物や観光といった経済行為の視点から、作家がコンセプトを伝えることを実現した企画となった。

------------
【展覧会】
「諏訪綾子 TALISMAN inthe woods 内臓であじわう循環のテイスト」
山梨県立美術館を擁する「芸術の森公園」にある茶室「素心菴」と、美術館エントランスに位置する「ギャラリー・エコー」の2会場で展示が行なわれた。

_茶室「素心菴」
床の間には、道志村の杉と檜を束ねた幅1.5m を超える大きな〈タリスマン〉を床の間に展示。
床部は杉や檜の枝葉で敷き詰められ、来場者は足元で枝葉の感触や音を感じ取りながら鑑賞する。
空間全体には杉や檜から蒸留、抽出したエッセンスの香り、および森の音をもとに制作された音響が広がっており、嗅覚や聴覚も含めて森へと誘われる感覚を覚える展示。
_山梨県立美術館エントランスホール:「ギャラリー・エコー」
〈タリスマン〉の時間の経過を示したグラフィックとともに、道志村のフォレスターたちを撮影したモノクロのポートレート写真群が壁面展示された。〈タリスマン〉の素材となった、森林の間伐材(針葉樹)枝葉を伐採する道志村の林業家による作業の様子や、村内の仲間たちとともに諏訪がタリスマンを制作する映像作品がテレビモニターにより上映。
------------
【パフォーマンス】
_「森からのタリスマンを受け取るリチュアル」会場:山梨県 芸術の森「素心庵」
参加者は、諏訪の紡ぐ言葉とともに道志村から持参された様々なものを五感であじわい、森へと意識が誘われた。
リチュアルの最後では参加者一人一人に〈タリスマン〉が手渡され、数カ月〈タリスマン〉とともに過ごした後
役目を終えた〈タリスマン〉を持って森で開催される次回「タリスマンを森へ還すリチュアル」へと招待された。

_「タリスマンを森へ還すリチュアル」会場:山梨県道の駅どうし
展示閉幕から約5か月後〈タリスマン〉が生まれた道志村で行われた。前回リチュアルの参加者が役目を終えた〈タリスマン〉を持参し、
一組ずつ火へ焚べて森へと還した。最後には美術館で展示された大きな〈タリスマン〉も燃え盛る炎になって空に登る。
それは諏訪の言葉のとおり「鮮やかな音をたてながら、美しい炎となって燃え上がり、清
々しい匂いをあたりに漂わせながら、その煙は森へと消えて」参加者が共有する時間となった。
------------
【マーケット 水源の森からマルシェ】
山梨県の水源地に暮らして林業や農業に携わる人たちによる『フォレスターズ・マーケット』。
展示会期中の土日2日間、美術館に隣接する「芸術の森公園」を会場に開催された。
展覧会コンセプトと連動して、現代における「ギフトエコノミー」の象徴としての生産者マーケットを企画。
出店者を「森林・水源・循環・自然とともに生きる智恵・むだなく使いきるクリエイション」をテーマに選定した。
水源地ならではの産品の販売や林業技術を活かしたワークショップを実施。
甲府での初回開催は、2日間合計4,247名もの来場者を数えた。

古井真也
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

【アーティスト・ステイトメント】

森には野生の野性が満ちていて、
その美しい気を集める人たちがいる。
タリスマンはそんなふうに森と共に生きる人々によってつくられる。
そんな“魔除け”であり“御守り”であるタリスマンは、 いつからか「循環のあじわい」への“招待状”になった。
わたしたちが口にする水は、どこから来てどこへと向かうのか。
わたしたちは、どこから来てどこへと向かうのか。
時空を超えて循環するギフトに、私たちは気づけるだろうか。

- 2122 年 都市に住むわたしたちには「行きつけの森」がある
その時が来れば誰に言われるでもなく森へ行き、深呼吸する。 わたしたちはそのタイミングとあじわい方を知っている。
100 年前のわたしたちは野性を使わなくなってしまったことで、すっかり退化していた。
いま、野性を取り戻したわたしたちは、本当の進化がどういうことなのか知っている。
それが最初にはじまったのは、水源と繋がるこの場所だった。

- 2019 年 すっかり野性を失いつつある
蛇口をひねり、ボタンに触れて、センサーが感知して、注文すればすぐ届く。
生きるための水も、火も石も土も食料も、すべて買うもので、商品になって久しい。
靴についた土が汚れになってしまったのは、いつからだろうか。
部屋に入り込んできた虫が異物になってしまったのは、どうしてだろうか。
野性が弱くなってしまったわたしたちは、
誰かに委託するサービスに慣れきって、効率的に分業化され、合理的に数値化され、
たいていのことはお金で解決できて、内臓感覚も免疫力もコントロールを失って、
土に還すことも土に還ることも忘れてしまった。
都市でわたしたちが刻々と失っていくもの。
野性をとりもどしたい。
動物だった頃の記憶を辿って、忘れかけていた野性をとりもどす。
便利さに油断して退化してきたわたしたちは、本当の進化を思い出せるでしょうか。
またあの日のように、自然の一部となって美しく循環できるでしょうか。

- 2020 年 森と内臓がつながる
コロナ禍によって世界が一斉にストップした 3 月、私は山梨にある水源の森で暮らしはじめた。
蛇口から出てくる水は、驚くほど冷たく澄んでいて、なにかに満ちていた。
それは森の中からひかれた湧き水だった。
毎日その水を飲み、その水に育まれたものたちをその水で調理して、食べ続けた。
それは細胞に浸透して、内臓のすみずみにまで行きわたり、
消化し吸収し、身体の一部となって、私と一体化した。そして排出する。

微生物が分解し、土に根に浸透して森のすみずみにまで行きわたり、
樹木や植物が吸収し、森の一部になって、野性と一体化した。
そしてまた湧き水になる。
それは沢を巡り川を巡り、都市の水源となる。
緊急事態宣言が明けた頃、私は東京で蛇口をひねる。
勢いよく流れるのはいつもと違う水だった。
あの時の森の水だったかもしれない。
私はそれを口にする。
あふれて排水溝へ流れていく水に、はじめて本当の循環をあじわった。
海から空へ、雲になって雨になって雪になる、山に森に降り積もる。
春になり雪がとけて、また森の土を樹木をめぐり巡る。
毎日わたしたちの内臓をめぐり巡る。
いつのまにか私の内臓は森と繋がって、どこまでが内臓で、どこからが森なのか。
終わりも始まりもなく、自然の一部になって、自然と一体になって、内臓であじわう循環。
わたしたちはいつか美しい土に還って、湧き水になる。

- 2021 年 水源の森からタリスマンをお届けします
コロナ禍による緊急事態宣言中に、タリスマンはうまれた。
アルコールやマスクが不足して、先の読めない不安が充満していた頃、
都市でステイホーム中の友人たちへ、少しでも森の気を届けたかった。
森には樹木が発するフィトンチッドが満ちている。
それは動くことができない彼らが傷ついたときに、
自身を守るために発する野性。
わたしたち人間にとっても、浄化やリラックス、そして殺菌、免疫力をあげてくれるという。
森には自然と共に生きる人々がいる。
その循環を巡らせるため、森の手入れをするフォレスターたちによって伐採される樹木。
幹は資源として利用されていても、枝葉はこれまで活用しきれずに森に放置されていた。
そんな枝葉を森で見つけて、私はその野性にハッとした。

水源の森からタリスマンをお届けします。
森の気を、野生の野性を、水源からお届けします。

“魔除け”であり“御守り”であり、そして
『循環のあじわい』への“招待状”です。
あなたの部屋にこのタリスマンを吊るし、日常の中で森の野性をあじわってください。
だんだんと乾いていきますが、その美しい変化はあなたを森へと誘います。
タリスマンが色づき、その役目を終えたら、 森へ還しにいらしてください。
水源の森で「タリスマンを森へ還すリチュアル」を行います。
それは土になり、根になり、樹木になって森になり、
湧き水になって、きっとまたわたしたちのもとへ巡ってくるでしょう。
あなたの内臓と繋がりめぐる、水源の森でお待ちしています

- 2022 年 今ここに森の気が満ちる
森から都市へ贈られる 野生の野性。 そのコントラストは、わたしたちのいま。
この身体と思考の大半を占める、水がうまれる森を想う。
自然をあじわうばかりでなく、自然にあじわわれるのだ。
自然から受け取るばかりでなく、自然に贈ることはできるでしょうか。

- 2023 年「タリスマンを森へ還すリチュアル」を行います
タリスマンが乾くほどに、わたしたちの野性は取り戻されるでしょう。
そしてそれが乾ききった時、水源の森で「タリスマンを森へ還すリチュアル」を行います。
鮮やかな音をたてながら、美しい炎となって燃え上がり、
清々しい匂いをあたりに漂わせながら、その煙は森へと消えていく。
タリスマンは、その強烈なコントラストを包容して放つ。
タリスマンが都市へ贈られるたび、自然は巡り、
タリスマンが森へ還されるたび、わたしたちも巡る。

都市に生きる人、水源の森で生きる人、都市と自然の時空を超える循環が、めぐり巡る。 100 年後の風習がうまれるなら、きっといま。
その内臓であじわう循環のテイストを、ご一緒に。

諏訪綾子
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------